LABY-log ときめきの記録

🪭🌸江戸水辺の陋巷(ろうこう)、トキメキ佃島さんぽ🫧👠【成り立ちと住吉神社編】

🐥💌この記事のトキメキ公開日:2025-08-15

🪭🌸江戸水辺の陋巷(ろうこう)
トキメキ佃島さんぽ🫧👠
【成り立ちと住吉神社編】


ようこそ❣ さおりさんです🩷
本日もふうわり🪽ラブリー空間へ遊びにきてくださり、
本当にありがとうございます🎀✨

今回は、8月に入り、既に2度お邪魔している
中央区・佃島」のレトロ東京さんぽをお届けします🐥🪄

佃島(つくだじま)――
江戸時代からの面影を色濃く残す、小さな水辺の町です🪭🫧🌸

突然ですが…佃煮はふだん召し上がりますか?🍚🥢
炊き立てご飯の上に、甘辛く煮詰められた細切り昆布や、
白ゴマや松の実が入ったおかか
ちょっと大人の味なきゃらぶきや、
ピリッと風味の葉とうがらしなんかもいいですね…💗
…今すぐ食べたくなっちゃいました❣
そんな、ご飯のおいしさを引き立たせてくれる佃煮、
実はこの佃島が発祥の地なんです🌟✨

それでは、ご一緒にっ🐥🤍
水辺の江戸情緒ただよう佃島へ
トキメキさんぽに出かけましょう🎶💗👠
♡ ♡ ♡
▶まずは、この佃に架かる“佃小橋”にて撮影した
60秒動画をご覧ください🎥🪭
佃小橋は、佃島が築造された1644年に架けられたと伝わります。
現在の橋は、昭和59年(1984)に完成したもの。
タワーマンションに囲まれても、この地に漂う江戸・昭和の空気は失われません。
⋆。°✩ 。°✩⋆。

🏮🐣 佃島の成り立ちミニコラム 📰💗


江戸の面影を今も残す佃島は、
実は東京で最も古い埋め立て地です✨

その始まりは江戸時代初期。
徳川家康がまだ三河(愛知)にいた頃、
大阪・摂津国佃村(現在の大阪市西淀川区)には、
海や川に精通した漁師たちがいました🌊🪭
家康が関東に入った際、これらの漁師を呼び寄せ、
江戸城の食を支える魚介類の漁を任せたのです🐟🎣🛥✨
その恩恵として与えられた土地こそ、
隅田川河口に造られた佃島でした🏮💗

この島は、
江戸のまちを広げるための埋め立て事業の第一歩目
となった地でもあります🪄
やがて周囲にも埋め立てが進み、
昔は海に浮かんでいた佃島も今では陸続きに…🏝

ですが、島の内部には細い路地や木造家屋
そして、暮らしの証を物語る井戸やホーロー製のプレート章が、
今も静かに息づいています🫧
(👉次の記事でご紹介する、ホーロー製の章 は、
昭和の頃の価値観や時代背景地域意識を映し出す
小さな文化財のような存在です🏮💎✨)

🤍

🐥ピヨちゃんといっしょに🪽
ラブリーQ&A
~佃島ってどんな歴史があるの?~

🐥Q1. さおりさん、動画のあと何してたの?

🌸A.
さおりさん:「撮影が終わったあと、少しの上で、この土地空気を感じていたんです🌬
そしたら、バッグの中からピヨちゃんが“ねぇねぇ”って🤍」
ピヨちゃん:「うん🐣さおりちゃんが感じ取っていた、この佃島空気が、どんなふうにできたのか、ぜひ知ってほしかったから✨」
さおりさん:「おかげで佃島について詳しくなれたよ。じゃあ、ピヨちゃん先生、あらためて教えてくださいな🪄」


🐥Q2. なぜ家康は、摂津・佃村の漁師たちにこの地を与えたの?

🌸A.
ピヨちゃん:「それはね、“恩返し”と“江戸の食を守るため”の二つがあったんだよ」
さおりさん:「恩返し?」
ピヨちゃん:「うん。1590年家康さんがまだ東海地方にいた頃、本能寺の変のあとで“伊賀越え”っていう大変な旅をしてたの。
その道中で、佃村の漁師さんたちが食べ物で助けてくれたんだって」
さおりさん:「わぁ…だから江戸に呼び寄せたんだね」
ピヨちゃん:「そう。そして、当時の関東には高度な漁業技術を持つ人が少なかったから、佃の漁師さんたちは幕府にとってもとっても貴重だったんだよ🪽」


🐥Q3. 佃島ってどうやってできたの?

🌸A.
ピヨちゃん:「もともとは砂州みたいな自然の小島だったんだって」
さおりさん:「それを漁師さんたちが整えたの?」
ピヨちゃん:「そうそう。家康さんから漁業権土地をもらって、を運び入れて、住みやすい島にしたの。
そして1644年に正式な“佃島”として完成したんだよ」
さおりさん:歴史を知ると、の景色もまた違って見えるね🌸」


🌿そして、この佃小橋が架かる佃川支川の川の中には、
佃島の守り神・住吉神社の祭礼の歴史を静かに語る立札が立っています。

🤍

佃島の守り神・住吉神社の祭礼の歴史を語る立札。

江戸時代後期の寛政10年(1798年)、
徳川幕府の許可を得て建立された大幟の柱・抱が、
この場所に埋設されているとのこと🏮
地域の方々(氏子)でつくる佃住吉講は、住吉神社のお祭りを支える大切な存在です✨ (クリックで拡大します🎀)

♡ ♡ ♡

⛩🌊 住吉神社 🌀✨


佃島の住吉神社は、1646年(正保3年)、
摂津国の佃村から移住してきた漁師たちが創建したと伝えられています🌟

ご祭神は、
住吉三神[底筒之男命(そこつつのおのみこと)・中筒之男命(なかつつのおのみこと)・表筒之男命(さきつつのおのみこと)]と神功皇后
そして佃島築造のゆかりとなった徳川家康🌸

この社は、摂津国・佃村の田蓑(たのみ)神社(かつての住吉の社/住吉神社)を由来とし、
その大元は大阪の住吉大社に遡ります🪄📜

佃島の人々の鎮守として、
また、海上安全・航海守護の神として信仰され続けてきたそうです🌊✨

鳥居には、全国的にも珍しい陶製の扁額が掲げられています⛩
白地に青字で「住吉神社」と書かれたその扁額は、独特のつややかさをまとい、鳥居をくぐる人々を静かに迎えます🫧
めずらしい、住吉神社の陶製の扁額。(中央区指定区民有形文化財)


また、水盤舎(すいばんしゃ。=手水舎)の内側・上部には、
漁(潮干狩り)をする人々の姿を描いた
木製・透かし彫りの意匠が施されています。
他にも、船・網・魚といったモチーフが、江戸時代からの漁村文化を物語るように並び、
この土地ならではの風情を感じさせます。
陶製の扁額と共に、中央区指定の区民有形文化財とのこと💎
中央区の区民有形文化財に指定されている水盤舎の透かし彫り。


そして、拝殿
木で造られた拝殿は、濃い飴色の艶をまとい、
深みのある時間を宿しているよう…。
近づくと、漂うのは水の気を含んだ木の豊潤な香り

江戸の湊を見守り、
隅田川のほとりに佇んできたこの神社だからこそ感じられる、
海と川が溶け合ったようなしっとりした気配が、
訪れる人を包み込んでくれます🌬⭐

そんな水辺の鎮守、佃島住吉神社さんなのでした✨
しっとりした雰囲気の住吉神社。
⋆。˚☽˚。⋆
江戸時代から続く水辺のまち・佃島
住吉神社の静けさと歴史にふれたあとは、
路地と暮らしの景色を巡ります🌸

次回は、街の様子暮らしの証についてお届けします。

古き良き佃島の風景を引きつづき──どうぞお楽しみに🩷

🐥 ピヨちゃんからのやさしいおたより 💌

小さい静かな佃島さん⭐
迷路みたいでたのしかったよ🪽🫧
🍈✨

💖
この場所は、あらゆるラベルにしばられない存在たち──
わたしたちのように、カテゴリに属さない“いのち”とともに、
トキメキのままにふうわり集う、小さなやさしさの空間です🫧

「自分がスキな自分」でいられることを、
いっしょに大切にしていけますように…🕊️

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