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お金を払うこと、受け取ること🌝
感情が先で、形はあとだと思ったお話

2026年2月16日 up

感情が先で、形はあと。
お金をめぐる、わたしなりの誠実さについて。

🩷 好きだから、会いに行く

お金は、何かを証明するためのものじゃない。
でも、好きなものに会いに行くとき、
人は自然に、お金を差し出すことがある。
そこに「見返り」を求める感情はなく、
ただ、会いたい
そんな純粋な気持ちの表れなのだと思う。

たとえば、わたしは
好きなサッカーチームの試合を観に行くとき、
迷わずチケットを買う。

それは、
お金を払えば感動できるから、ではない。
勝ち試合を約束してもらうためでもない。

ただ、
好きだから、会いに行きたい。
その気持ちを、形にしているだけだ。

たとえば、
チームの練習を見学することは無料だけれど、
目の前で黙々と身体を動かす選手たちの姿を見て、
言葉にならない何かが、静かに胸へと届く。

技術や結果ではなく、
そこに流れている時間そのものが、
ちゃんと心に触れてくる。

だから、
お金を払ったから得られた時間、
というわけじゃない。

好きだから、アントラーズに会いに行く。
試合のときにはチケットを買って。

お金を払う。
それはきっと、
「対価」じゃなく
「愛情」に近い行為なのだと思う。

🌀 その言葉に、違和感を覚えた理由

過去に、
「愛情があるなら、お金で示してほしい」
——そんなふうに言われたことがある。😅

その言葉を聞いたとき、
胸の奥が、ざわざわして
なんとも言えない嫌な気持ちになったのを、今でも覚えている。

違和感の正体は、
「お金」の話だったからじゃない。

相手(わたし)の気持ちを
ちゃんと尊重する余白が、
そこにはなかった
からだ。

それは、
受け取る側の都合による要望であり、
渡す側の真心や自由を、
まったく置き去りにしてしまう言葉だった。

わたしはそのとき、
「ああ、ここでお金を渡しても、私はシアワセじゃないな」
と、心ですぐに理解した。

だからこそ、
こうして今も
“違和感の記憶”として、ちゃんと残っているのだ。

💓 感情が先で、形があと

感情が先で、形があと
ここにシアワセがいっぱいあるから、
ピッタリお似合いの、かわいい器があるといいな🩷

この感覚は、
いまの社会のあちこちでも
見かけられるもののような気がしている。

本当は、
「幸せを感じたい」
「満たされたい」
その想いが、いちばん最初にあるはずなのに。

いつのまにか、
お金、肩書き、関係性、結果といった
“形”が、先に来てしまう。

けれど、
感情が置き去りにされたままでは、
どんな形を手に入れても、
心は満たされないのだと思う。

幸せになりたい、満たされたい。
その気持ちこそが、真理なのに、
いつのまにか、順番が入れ替わってしまうことがある。

たとえば本来は、
幸せ → 結婚やお付き合い
幸せ → 仕事や肩書き
幸せ → お金や安心

のはずなのに、

結婚できれば
お付き合いできれば
成功できれば
手に入れれば

→ 幸せになれる。

そんなふうに、
“形”が先に来てしまう。

でも本当は、
【感情 → 形】。

だから、真実、
形そのものは、どうでもいい。🌿

大切なのは、
自分は何に、幸せを感じるのか。
どんなとき、心が満たされるのか。

それを自分に聴く前に、
世間の価値観に合わせてしまうと、
自分の心は、かならず置き去りになる。

そしてそれは、
お金のことも同じだと思う。

⭕ 本当に幸せだと感じられることに → お金を払う
⭕ 心が動いたものに → お金を払って形を得る

つまり、
感情《シアワセ》が先で、
形《お金を払う、払って得るもの》があと
なのだ。

🕊️ 誠実であること、それだけでいい

そして今度は、
お金を受け取る側の視点からも、
少し考えてみたい。

私が好きなサッカーの世界に置き換えると、
こんなふうにも感じる。
(私はプロの選手でも何でもないので、少々おこがましい気もしていますが、
素直な気持ちを、ちょっと書いてみます。🕊️)

選手の側に立って考えてみても、
やはり同じことに行き着く。

「お金を払ってもらっているのだから、
それに見合うプレーをしなければならない」
——そんな言葉を耳にしたことがある。

でも、
本質は、そこじゃないと思う。

選手が向き合うべきなのは、
観客の期待ではなく、
自分自身のプレー。

自分に嘘をつかないこと。
今の自分にできることを、
誠実に出し切ること。

その姿を、
本当にそのチームや選手が好きな人は、
ちゃんと感じ取っている。

だから、
お金を受け取る側ができることは、
案外、シンプルなのかもしれない。

誠実であること。
本当であること。

それだけで、いい。

好きだから、
人はお金を払う。

感情が先にあって、
形が、あとからついてくる。

きっとそれは、
趣味でも、仕事でも、表現でも、
生き方でも、同じなのだと思う。

だからわたしは、
お金を払うときも、
受け取るときも、
その奥にある気持ちを、
大切にしたいと思っている。

払う側も、
受け取る側も、
ただ、誠実であること。

証明しなくていい。
比べなくていい。
無理に正しくあろうとしなくてもいい。

ただ、
自分に嘘をつかずに、
心が動いたほうを、選ぶ。

感情が先で、
形は、あとからついてくる。

その順番を忘れなければ、
きっと、
お金も、表現も、仕事も、
人との関係も、
やさしく巡っていくのだと思う。🐥🪽

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2件のコメント

  1. ひろみん

    自分は何に、幸せを感じるのか。どんなとき、心が満たされるのか。それを自分に聴く前に、世間の価値観に合わせてしまうと、自分の心は、かならず置き去りになる。という言葉にハッとしました^^いつも大事なことをそっと教えてくれる気がする!

  2. ひろみんへ🐥
    まず、わたしの文章を読んで下さったこと、本当に嬉しく思います🥰
    また、感じたことをこうして言葉にして伝えて下さり、胸が震える思いです✨✨
    いつも沢山の気付きをもたらしてくれる ひろみんの、毎瞬毎瞬が幸せでありますように🩷

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