“好意を持つ怖さ”が、
わたしの恋の本質をそっと教えてくれたお話🫧🩷
🌿
土曜日に、アントラーズが優勝して🦌❤️🔥🏆、
その大きな感動の揺れが、私の中の
「悔しさ=自分の本質が求める生き方」
という気づきを呼び起こしてくれました。
それと同時に、
長いあいだ心の底に静かに沈んでいた
“好意を持つことの怖さ” も、
すーっと一緒に浮かび上がってきたんです🫧🌿
でもその“怖さ”は、
私の恋の本質をそっと教えてくれるエッセンスでした✨💗
「悔しい」も「怖い」も、
普段の生活でふと感じることはあっても、
心の中から取り出して、そっと眺めてみることなんて、
これまでほとんどなかったのだと思います🫧
おそらく、多くの人がそうなんじゃないかな?
日々の中で少しずつ重なっていく “薄いシート” のようなものなら、
それが自分の悔しさや怖さの原料になっているなんて、
気づきにくいものだから。
長くそこに堆積していたものなら、浚うのにパワーがいるし、
あるとき突然降って落ちてきたものなら、
それに触れ直すのは痛みを伴うこともある。
でも今回、
心の底に静かに沈んでいた “何か” が
感情の揺れによってふいに浮かび上がって、
水の中に入れた私の指先に触れた🌿🫧
そして私は、
その“何か”が水に薄まって、
再び心の底へ帰っていってしまう前に、
「すくって、ちゃんと見ないといけない」
そう強く思って、
「早くしないと…!」と本当に口走りながら(笑)、
心の中の“何か”をすくい上げてみることにしたのです。
「おこがましい」と思ってしまう心🕊️
わたしは、惹かれる人がほんとうに少ない。
それは特定の存在だからというより、
“惹かれる質” がみんなとは違うのだと思います。
だからこそ、
世間の夢のない通念がふと心に入り込んで、
「私の想いって、おこがましいのかな?」
そんなふうに感じてしまったことがありました。
これが、長いあいだ心の底に沈んでいた“怖さ”の正体でした🫧
でも──
「惹かれてしまう」ときって、コントロールなんてできない。
例え、好きになる気持ちが理屈や科学で説明できたとしても、
“惹かれてしまう”という事実そのものは揺らがない。
無意識も、理屈も、身体の反応も、
すべてをひとまとめにしてしまうのが、
「波長が合うから好きになる」
という惹かれ方なんですよね。
私はずっと、
「波長が合うから好きになっていた」。
他人の通念ではなく、
“自分の感覚” を生きてきた私だから、
誰とも違うのはむしろ自然なことだったんです🌿
だからこそ、
私は「特別な人にしか惹かれない」💗
そう気がついて、
胸の奥にすーっと光が入ってきた気がしました。
浮かび上がった“違和感”の記憶🫧
「ああ、そういえば……」という感覚とともに、
水の中では透けて見えづらかった
“薄いシート”たちが、ふわっと浮かび上がってきました。
高校生の頃、
ぜんぜん心が動かない先輩から
けっこう熱心に好意を向けていただいたことがありました。
当時の私は、
もしかしたら少し思わせぶりに見えてしまう態度を
取っていたのかもしれません。
(ごめんなさい。笑)
でも、心の声はとても静かに、そしてはっきりしていました。
「ゼッタイに違う」
今振り返れば少し笑ってしまうような話なのですが、
当時から私はきっと、
“違和感”に対してとても敏感だったのだと思います。
そして、こうして考えてみると、
怖さの材料にはなったけど、
“違う”という感覚をきちんと拾い、流されなかった自分自身を
誇らしくさえ思います。
そして、その先輩は何か行き過ぎたことをしたわけではなく、
悪い人でもありませんでした。
ただ単に──
わたしとは波長が合わなかった。
それだけのことなんですよね🕊️
そして、もう一つ🌟
これも、わたしの実体験からですが…😅
どちらか一方が「違う」と感じた時点で、
その2人の“波長は重なっていない”ということ。
好きな人が「あなたは私の相手ではありません」と
静かに距離を置こうとしているのに、
それでも好意を押しつけるのは、
残念ながら“自己満足”になってしまうんですよね。
本当に相手のことを思うなら、
たとえ好きであっても、
自分の想いを押し付けることはできないものです。
(“想いを持ち続けること”と、
“想いをぶつけること”とは異なります。
その想いを相手にどう向けるかで、
この先の流れが変わることもあるんですよ🌈)
怖さを眺めて分かった、私だけの仕様書🪄
今回の自己向き合いから、私は自分の“仕様”をあらためて知りました。
私はもともと、誰かを追いかけるタイプではありません。
過去に「追いかけられて嫌だった経験」をしたこともあり、
自分が誰かに同じ不快感を与える立場になることを
本能的に避けてきたのだと思います。
とくに好きな人に対して、
自分がかつて味わった“不快”を感じさせてしまうことを想像するだけで、
胸がぎゅっとしてしまう。
たぶん私は、立ち直れないだろうと思うほどに。💧
・惹かれない相手には、私は反応できないこと
・そもそも追いかけたくないという性質
・惹かれる人がほんとうに少ない
・波長や誠実さ、雰囲気にとても敏感
・そして、人の気持ちを尊重しすぎるほど大切にしてしまう
(でも、それでいい)
つまり──
誰とも同じでないこと、
これら全部が、ごく自然な“私の仕様”だったんです🪄
最近、これまでずっと腑に落ちなかった
“身体と心の結び”(ブログはこちら)や、
自分の本質への理解が深まったことで、確信したことがあります。
私は、“追う・追われる”という次元ではなく、
《惹かれ合う恋》が本質の人間なんだということ。
それが私にとって一番しっくりくる、
合理的で、快適で、正直な在り方でした🌿
もともと、人の領域を大切にしたいし、
紳士的な慎重さを持っていたい。
相手に距離を寄せてもらうのは大丈夫だけれど、
自分から強く踏み込む形は、心が望まない。
これもすべて、私にとって自然な“仕様”だったんです。
だから今回、
“私が誰かに好意を向ける怖さ”と向き合うのは
けっこうパワーを使ったけれど──
光の当たるところでその怖さを見てみたら、
私の誠実さ・やさしさ・波長への敏感さ・
惹かれ合う恋を大切にしたい心を
くっきり形づくっていた材料だった
と分かって、胸の奥がふっと軽くなりました🪽✨
悔しさに連れられて、
思いがけず向き合うことになった“怖さ”。
パワーを使うし、触れると少しヒリヒリするような
心の奥の“何か”を、
あえて取り出す必要はありません。
だけど今回の私は、
「忘れてしまう前に、今見つめたい」と
はっきり感じた。
きっと“今回”が、向き合うタイミングだったのでしょう🪽
「大丈夫だよ」と背中を押されるような流れがあった。
もしあなたも、私と同じように、
“嬉しいや楽しいとは少し違うけれど、
それでもすくって眺めてみたい感情”が浮かんだなら──
どうか、恐れずに見つめてみてください。
その感情はきっと、
あなたがもっとあなたらしく生きるための
静かなサインだから。
そして必ず、
あなたの人生を軽やかにする気づきを
そっと運んできてくれます✨🫧
💖
この場所は、あらゆるラベルにしばられない存在たち──
わたしたちのように、カテゴリに属さない“いのち”とともに、
トキメキのままにふうわり集う、小さなやさしさの空間です🫧
「自分がスキな自分」でいられることを、
いっしょに大切にしていけますように…🕊️
