さおりさんにとっても、鹿島神宮は特別な神社です✧
《二の鳥居先、表参道にて♡》

ふっくらとした、かわいい鳥さんだったピヨね♡
ちょむ♪ちょむ♪…と、砂利の上をお散歩していたピヨ♡

うん、本当にかわいかったね♡お土産屋さんと第一駐車場のある辺りの脇道から表参道へお邪魔した瞬間に、お出迎えしてくれたね♡
動画の途中でピヨちゃんと私達の後ろにも映ってくれたよね♡

うん♡後ろから、ちょむ♪ちょむ♪と、映ってくれたピヨ♡動画の後も、鳥さんと一緒に参道を歩いたピヨね♡

そうだね♡楼門の方へご案内してくれている感じだったよね♡
そういえばこの鳥さんのこと、てっきりメジロさんだと思っていたんだけど…

ふっくらとしていて、小さかったものね♡

うん♡でも、なんとなく茶色かったような気もして…?それで、調べてみると、茶色っぽい緑色のふっくらとした身体をしているウグイスさんにも似ていたの✧
でも、夕闇の中で会ったから、結局なんの鳥さんであったかは判らない♡というか、何の鳥さんであってもいいんだよね♡

ピヨ♡やさしい鹿島神宮の鳥さん…♡

うん♡参道を一緒に歩いてくれて動画にも一緒に映ってくれた、かわいくてやさしい鹿島神宮の鳥さん♡
鳥さん、私たちを楽しくて嬉しい気持ちにさせてくれてありがとうございました♡
また、鹿嶋でお逢いできたら嬉しいです♡
奥参道は真っ暗闇・鎮守の森

奥参道の手前にこの札が立てられていたピヨ♡
そして、この写真には写っていないけど、右手には拝殿があるピヨね♡北向きの拝殿ピヨ♡

そうだね♡ちなみに、北を向いて建つ拝殿というのは神社の中では珍しいんだって✧
この奥参道の先にある奥宮も、拝殿と同じく右手に北向きに建っています。
ここで少し解説を入れてみましょう✧
❤少し解説❤ 北向き拝殿のいわれ
神社の拝殿はその多くが、日が昇る東もしくは太陽に近い南を向いて建っているようです。
しかしその中で鹿島神宮の拝殿が北向きの理由は、
『大和朝廷による蝦夷征討の拠点が鹿島神宮だったから』。
征討拠点から見て北に位置する蝦夷の地を、鹿島の神である武神・武甕槌大神(タケミカヅチノオオカミ)が睨む…
大和朝廷の領土となることに服さず応戦していた蝦夷に攻め込んで勝つ、
そんな必勝の神威に肖るため鹿島神宮の拝殿は北を向いているといわれています。
❖蝦夷(えみし)とは…今の東北・北陸地方に住んでいた民族で大きな勢力を持っていた。蝦夷は言葉や風習が違っていたため、朝廷から異民族と見られていた。〝蝦夷〟とは大和朝廷から見た蔑称であったようです。
蝦夷から見れば、大和朝廷の人たちが〝自分たちとは違う民族〟であったはずです。
大和朝廷が蝦夷に攻め入って良い必然的な理由や、そうせざるを得ない事象があったのでしょうか。
この時代の日本史を知ろうとした時、まず大和朝廷側から見た史実に触れることが多いと思いますが、
征討を受けた蝦夷の側からこの歴史を見、ひいては俯瞰的に思いを巡らせると、
考えなしにこの蝦夷征討について受け止め、受け流すことはできないさおりさんなのであります。

物事は、まぁるい球ピヨ♡
正面・裏面・上下左右・多角面、
最後は球として見てみるピヨ♡
まぁるく見ることが出来たら、
まぁるい結果がコロンと出てくるピヨ♡
まるくてふわふわがいいピヨね♡
🐥

北向き拝殿のことを調べていたら、すっかり大和朝廷の蝦夷征討に関して深掘りしてしまいました♡でも、おかげで知見が広がったなぁ✧

うん♡とっても広がったピヨ♡
そして、写真の立札の先には真っ暗闇の樹叢が広がっているピヨ♡

そうなんだよね!日暮れを過ぎた奥参道は、この写真が映し出すままの、本当の真っ暗闇。
樹叢…原生林だね。『鹿島神宮の樹叢』は、茨城県の天然記念物に指定されているんだよね✧

うん♡静かに守られた森、鎮守の森ピヨ♡
この先も変わることなく、この場所に佇み、在り続けるステキな森ピヨ♡

私たちが出逢ったかわいい鳥さんも、この森に守られて心地よく暮らしているのかな♡

うん♡そんな気がするピヨ♡
また今度逢えた時に、鳥さんにとって鹿島神宮の森はどんな森なのか聞いてみようピヨ♡
奥参道の暗闇と日暮れ後の寒さに、奥宮へのご挨拶は見送って、
拝殿への参詣のみで鹿島神宮を後にしたこの日でした。
さおりさんは以前から、ひっそりと佇む奥宮に落ち着きと波動の一致のようなものを感じているので、
今度は日のある内にお伺いしたいです♡
上述した「北向き拝殿」のいわれを通して、鹿島神宮への知識と捉え方に少し奥行を持つことができましたので、
次回お邪魔するのが楽しみであります♡


