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東京5社𐙚えんむすびチャレンジ♡2社目・赤坂氷川神社

今気になったことに生きる今、にしよう♡

《一の鳥居(南側)より。明かりのともった提灯が情緒的》

❖【what?】東京5社𐙚えんむすびチャレンジ

縁結びの神社仏閣として名高い都内鎮座の5社を一日で巡ろうという、“さおりさんによるさおりさんのための”完全独自企画です♡

えんむすび5社

❤出雲大社 東京分祠 ⛩(港区六本木)

❤赤坂氷川神社 ⛩ (港区赤坂)

❤豊川稲荷 東京別院 卍 (港区元赤坂)

❤東京大神宮 ⛩ (千代田区富士見)

❤今戸神社 ⛩ (台東区今戸)

5社チャレンジのきっかけとなった記事は、前の投稿「さおりさんのえんむすび神社♡5社」をご覧ください♡

▶1社目・出雲大社東京分祠さん参詣の記事は、コチラ

思い立ったが吉日の2月17日♡

えんむすび東京5社中の1社目・出雲大社 東京分祠さんへのご挨拶を済ませたさおりさんとピヨちゃん達は、

次なるえんむすび神社の赤坂氷川神社さんへ向け、首都高速3号渋谷線の高架下を北東方面に進んだのでした。

六本木通りを緩やかに下る坂道を寒風が吹き上げます。

身を冷やし切る風を体中に受け歩んでいる内、左前方〈PORSCHE〉の文字が目に入ってきました。

外車の販売店らしきことは勿論分かりましたが、

あら、このつづりはなんとお読みするのでしたっけ…?

「ポルシェ、ピヨ♡」

「あぁ、そうか♡さすがピヨちゃん、何でも知ってるね~♡」

そのPORSCHEの角を左に曲がり、住宅地に入るとやはり坂が。上り坂です。

さすが『赤坂』という地名が表す通り、そこかしこ坂・坂・坂。

(赤坂以外にも都内には坂で形成されている町は沢山あるのですが)

下ったら、すぐ上る。

東京の地形を顕著に感じることのできる道のりを15分ほど、坂続きの宅地を上りきると、

「おや、この木々の多い感じは…」

「着いたピヨ~♡」

赤坂氷川神社南側に構えられた、一の鳥居に到着しました。

🐥

前回訪れたのは、2022年8月上旬。

なんと2年半ぶりです!だけど全く、そんな感じがしなかったのですよね。

いつもどこかしらの神社さんへお伺いしているからでしょうか?

22′ 8月。ドイツ菓子とパンの店カーベー・ケージで買い物ののち神社へ向かった

初参詣をした2年半前。8月上旬夏真っ盛り。

赤坂駅に出で、思いのほか繁華ではない駅前通りを暫し進んで左に曲がる。

少し下り坂になったその路地をゆくと、左側に「K. B KEIJI」とある。

大きなガラス窓の設えられたドイツ菓子とパンの店とのことだった。

お客さんがパンを買いケーキを買い、店を出てはまた次の買い物客が入ってゆく、

そんな所謂“ベーカリー”とは様子が異なり、

なんだか『質実剛健』という言葉がぴったりくるオーラを放つ店構えだった。

そんな独特の雰囲気に惹かれないはずがない。

外から覗く店内はすこし薄暗かったが営業中である。

そんなところもいい。

ちょっとだけの勇気と好奇心で入店してみた。

しかし、最初で最後のお買い物だった。

先ほど検索してみたところ、昨年末の12月28日に閉業されたとのことだった。

52年間の営業だったらしい。

本当に記憶の中からの表現になってしまうが、パンはまず、日本ではそうそうお目にかかれない風味だった。

お菓子はどっしりと重厚なデザインのものばかりで、チョコがけの商品も種類豊富なラインナップだった気がする。

とにかく、どのパンもお菓子も、興味をそそられるものばかりで、赤いホイルに包まれたチェリーと洋酒とをチョコレートで纏ったお菓子は「買いだ!」と思って、2つ頂いたことをよく覚えている。

(“チェリーボンボン”と言い表せば、伝わるだろうか♡)

赤坂氷川神社には、そんな思い出があったのでした。

何事も一期一会であり、今は今この瞬間きり。

そのとき気になったお店ならば入ってみる、もし惹かれた人がいたなら声をかけてみるとか、今やりたいと感じたことを実行できたら後悔はないでしょう。

赤坂氷川神社さんに参詣すると、自分が生きる上で大切なことを教えてもらえます♡

 赤坂氷川神社 出雲系の神社

❖ご祭神 

素盞嗚尊(すさのおのみこと)・奇稲田姫命(くしいなだひめのみこと)・大己貴命(おおなむぢのみこと)※大己貴命=大国主命(大国主大神)…出雲大社のご祭神

《素盞嗚尊・奇稲田姫命は夫婦。大己貴命はこの2人の子供(孫の孫とも)》

❖ご利益 縁結び、疫病退散、家内安全、商売繁盛

❖由来

▶天暦5年(951)、東国遊行中の天台宗の僧が現在の赤坂4丁目で一夜を明かした際、夢に見たご祭神のお告げにより、氷川明神の社殿を建立・お祀りしたことが始まり。

▼江戸中期の享保元年(1716)、紀州藩徳川家の吉宗が8代将軍に就くにあたり、紀州藩の中屋敷が赤坂にあった縁で氷川明神を敬うようになる。

▼13年後の享保14年(1729)、老中水野忠之の命じ現在地に社殿を造営。

▶翌15年(1730)4月30日、遷座が完了した。

❖アクセス 東京メトロ千代田線 赤坂駅 / 南北線 六本木一丁目駅 etc

https://www.akasakahikawa.or.jp/

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